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私の人生を変えた?ワーキングホリディ体験

アメリカでの語学留学を終えて英語を使う仕事を探していた時に、友人から誘われてオーストラリアでのワーキングホリディを体験したのは24歳の時でした。当時ハネムーンで人気があったグレートバリアリーフに浮かぶ島でのツアーデスクの仕事は何もかもが珍しく、あっという間に一日が経ちました。主な仕事は本土から到着するお客様を空港に迎えに行き、ツアーデスクにて島でのアクティビティや滞在についての案内をする事、ホテルのチェックイン、チェックアウトなどでした。ひっきりなしにお客様が到着するので休みはなく、ツアーデスクにいると質問を抱えたお客様がやってくるし、クレーマーのようなお客様もいましたが、若かったのもあり辛いとも思わずに楽しんで仕事をしていました。



肝心の英語を使う仕事、という面ではホテルやレストランとの対応は全て英語でしたが、お客様は日本人ですし、同僚も日本人なのでほぼ日本語だらけの日々で英語力はみるみる低下してしまいました。そんな時にやってきたのが少人数のツアーでした。そのツアーを引率していた女性添乗員の方と話をする機会があり添乗員という仕事内容を初めて知ったのです。その後ワーキングホリディの期限が終わり帰国した私がまっすぐ向かったのは旅行会社でした。日本人旅行者相手の仕事をしていた事と英語力が買われて即採用され、添乗員の仕事をする事になったのです。


長年海外添乗員として働き、仕事先で知り合った男性と結婚して今に至ります。友人に誘われて思い切ってワーキングホリディをしなければ、今の生活はなかったと思う私にとって、間違いなく人生を変えた経験となりました。




ハワイで大人気の観光スポットで働いてみて

わたしは大学生活を留学という形でハワイで過ごし、卒業後にハワイの観光スポットで2年ほど日本人向けのツアーガイド、そして1年ほど電話での予約係として働いた経験があります。




テーマパークのようなところで、毎日3000人くらいの観光客がくるようなところでした。白人系観光客が5割、アジア人観光客が5割といったところでしょうか。日曜日はお休みで月曜日から土曜日は朝11時から夜9時までオープンしている施設でした。まず、ツアーガイドの仕事内容はほとんどが通訳です。日本人観光客はほどんど英語が話せないので、行われるショーの通訳や困っている人の通訳が主な仕事です。




予約係は日本のトラベルエージェント(JAL, JTB, HISなど)と電話やメールで予約の連絡をするというものです。ツアーガイドの仕事は週3回、朝11時から夜6時くらいまでの7時間くらい。予約係は週5で朝9時から5時まで働いていました。一緒に働く人は日本語ガイドは10名程度で他に英語ガイドが30人ほど。予約係の時は私一人日本人でほか15人は英語対応の方でした。




比較的融通のきく会社で、お昼休憩などは自由に行くことができ、休みもリクエストしやすかったです。日本特有の上下関係などアメリカにはなく、みんなフレンドリーで職場にはいつも差し入れがあり和気あいあいした雰囲気でとても働きやすかったです。




海外で働いて良かったことは、ずばり英語力がつくこと。日本人観光客を相手にすると言っても、ハワイで働いているので、基本的には英語5割日本語5割の割合で使っていました。英語で電話をかけるときもたくさんあり、最初は聞き取れなかったり言いたいことが言えないなどありましたが、


やめることにはスムーズに対応できるようになりました。




嫌だったことはやはり日本人って普段から良いサービスをうけているせいか、海外のラフなサービスに驚く方が多く、そのクレーム対応でした。海外ならではの接客方法などは一部のお客様には通用しないなど、ハワイにいるけれど日本のような接客を求められると、会社の方針とすこしずれた接客になってしまうこともしばしばありました。




海外で働くと英語が一番の壁でしたが、慣れるとそこまで苦ではなく楽しい経験でした。